World Music|世界の音楽とことばのアーカイブ

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Tuesday, 11/8/2026 | 4:38 UTC+9

バルバラ ボビノ座の「私のもっとも美しい愛の物語」

また、カセットだ。
1966年12月、パリのボビノ劇場で録音された、バルバラ初の本格的ライブ・アルバム。1967年に発売された。まだ「黒いワシ」も「ペルランパンパン」も生まれる前の、バルバラの若い息づかいが、カセットの音からでも伝わってくる。

書斎には、自分で録音したカセットが何本もある。

バルバラの『オランピア・ライブ』と『私のシャンソン』。

他にも、ピアソラ、ジョルジ・ベン、イ・ムジチの『四季』、マレーネ・ディートリッヒ、フェラ・クティ、B.B.キング、デティ・クルニア……。

まだ全部は聴き返せていない。

ふと思った。

「そういえば、寝室にも何本か置いてあったな。」

二階のベッドの横に、小さなサイドデスクがある。本が山積みになっている。その横にカセットが何本か置いてあったはずだ。

確かめてみた。

すると三本ともバルバラだった。

『マダム』。

『黒いワシ』。

そして『ボビノ座のバルバラ』。

思わず笑ってしまった。

なぜ、この三本だけが枕元に置かれていたのだろう。

自分で自分がわからない。

でも、どこかでまた聴く日が来ることを、昔の僕は知っていたのかもしれない。

『ボビノ座のバルバラ』は1967年のライブ。

『オランピア・ライブ』より十年以上若いバルバラの声がそこにはある。

曲目を眺めるだけでも、その頃の彼女の心が伝わってくる。

「死ぬほどに死を想う」。

「生きることの苦しみ」。

「孤独」。

感情を隠そうとはしない。

そして八曲目。

「Ma plus belle histoire d’amour(私のもっとも美しい愛の物語)」

最初は恋の歌だと思っていた。

でも違った。

歌の最後で、バルバラは客席に向かって語りかける。

「私のもっとも美しい愛の物語。それは、あなたたち。」

その「あなたたち」とは、恋人ではない。

彼女の歌を聴きに来た人たち。

だから、観衆の熱狂にも納得がいく。

あの観衆の拍手。

それに応えるバルバラ。

そこには、歌手と観客という関係を超えたものがあった。

「私のもっとも美しい愛の物語」が、なぜあれほど多くの人の心を動かしたのか。

それがようやくやっと少しわかってきた。

 

About

世界の音楽との「出会い」(自己紹介 noteへのリンク) 大阪のレコード店で出会ったインドネシアのダンスミュージック ダンドゥット(DANGDUT)の女王、エルフィ・スカエシ(Elvy Sukaesih)と言ってもまずは誰もわからないだろう。インドネシアの美空ひばりと言ってもピンとこないな、きっと。それに正しくもない。インドネシアは多様な民族の集まる国だから国民を代表する歌手はいない。ひとつの大衆音楽の女王である。 大袈裟だが、このレコードと出会わなかったら、自分の人生は変わっていただろうと思う。ただ、それはわからない。でも、出会うべくして出会ったのだろう。 https://note.com/jirorhythm/n/n936acb145d0e

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