南インドは歌う
2026年7月25日
先日、久しぶりにMDを手に取った。
2006年12月、チェンナイで録音した南インド古典音楽のライブだ。
MDという言葉自体が、すでに懐かしい。再生機もなくなり、長い間聴くことが出来なかった。しかし先日、中古のKENWOODのコンポを手に入れた。レコードもCDもカセットもMDも再生できる。
昔録音したMDの中に、20年前のチェンナイが眠っていた。
2006年12月。
南インドが音楽に染まる季節。
ずっと思っていた。一度、そのシーズンに訪ねてみたかった。
毎日リキシャに乗り、昼も夜も会場を巡った。三週間あまり、南インドの伝統音楽にどっぷり浸かった。
演奏家の名前を追いかけていた。
その中でも、マンドリンのU.シュリニバースは特別な存在だった。
彼の演奏はヨーロッパでも聴いている。
リメンバー・シャクティの一員として出演したバルセロナ、モンジュイックの丘の野外劇場だった。
しかし、彼の本当の姿はチェンナイにあったように思う。
MDから流れてきたのは、若き日のシュリニバースのマンドリンだった。
歌っている。
ただ技巧を披露しているのではない。
マンドリンが歌っているのだ。

そして、改めて気づいた。
南インド音楽は歌う。
マンドリンも歌う。
ヴァイオリンも歌う。
ムリダンガムも歌う。
ガタムも歌う。
ムールシンも歌う。
さらには、後ろで絶え間なく鳴り続けるタンプーラさえ歌っている。
会場の聴衆もまた歌っている。
演奏の見事な着地点では、客席の爺様も婆様も迷いなく拍手を送る。
誰かに合わせているのではない。
みんな音楽を知っているのだ。
その拍手もまた音楽の一部になっている。
二十年ぶりに聴くMDの音は意外にも高音質だ。
そして、そこには会場の空気があった。
2006年12月のチェンナイがあった。
そして、もうこの世にいないシュリニバースがいた。
来年の12月、またチェンナイへ行きたいと思っている。
なぜなのだろう。
きっと答えは簡単だ。
南インドが僕に歌っているからだ。





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