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Wednesday, 17/6/2026 | 8:17 UTC+9

55年のグレン・グールドのゴルトベルク変奏曲

このCDを聴くとき、僕には少し覚悟がいる。
それは、この演奏が「大好き」ではないからだ。

大好きなグレン・グールドなのに、この1955年の『ゴルトベルク変奏曲』には、どこか違和感を覚えてしまう。彼がこの作品で世に出たことはよく知られているけれど、僕にとっての決定的な一枚は、1981年録音の『ゴルトベルク変奏曲』だ。

僕は、その81年盤からグールドを知った。レコード盤だ。
そしてそれは、僕をもう一度音楽の世界へ引き戻してくれた作品でもある。

ふとCDのクレジットを見ると、
「THE HISTORIC 1955 DEBUT RECORDING」
という言葉が目に入る。

なるほど、と思う。確かにこれは“デビュー録音”であり、歴史的な一枚なのだ。

けれど、その事実と、僕自身の感覚とは、どこかで少しずれている。

もしかすると、その違和感は、録音された「場所」とも関係しているのかもしれない。

この1955年録音は、ニューヨークのコロムビアのスタジオで録られている。
当時、トロントではすでに知られた存在だったグールドが、ニューヨークという巨大な音楽の中心へ出ていく。

その関係性は、どんなものだったのだろう。

けれど同時に、彼は生涯、トロントという場所を愛し続けた人でもあるはずだ。

ニューヨークでの録音と、トロントに根を持つ精神。
そのあいだにある距離や緊張のようなものが、この演奏に刻まれているのではないか——そんなことまで考えてしまう。

気がつくと、僕は何でもグールドを起点にして考えている。少し怖いくらいに。

グールドと“つながっているもの”に、強く惹かれてしまうのだ。

バッハをもっと知りたいと思ったのも、グールドがきっかけだった。けれど、彼がバッハ以上にブラームスを愛していたと知ると、どこかほっとする自分がいる。

たとえば、僕が好んで聴いていたブラームスの『ピアノ協奏曲第2番』よりも、第1番の方を彼が好んでいたと知れば、「なぜだろう」と考え始める。
そして、二つの違いをきちんと知りたくなり、さらに聴き込もうとする。

また、彼が間奏曲を好んでいたと知れば、それも探して聴いてみる。

気がつけば、かつては第2番ばかり聴いていた僕が、第1番や間奏曲に手を伸ばしている。
そしていつの間にか、バッハよりもブラームスを聴いている時間の方が長くなっている。

そうやって、グールドが愛したものを追いかけている自分が、今もいる。
シベリウスが好きだったと知れば、やはりシベリウスを知りたくなる。

——

映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』の予告編で、『ゴルトベルク変奏曲』が使われていることを知った。

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それが1955年録音なのか、1981年録音なのか。
それがどうしても気になった。

二度目に予告編を観るとき、僕はほとんど「聴く」ように集中していた。
そして、あれは55年録音だと確信した。

——だから何なのか、と言われれば、それまでの話かもしれない。

けれど、僕にとっては大きな問いなのだ。

いまこうしてCDで聴いているこの55年録音を通しても、何もわからない。

そして、今、二度目を聴いている。

いつかわかるのかもしれない。

でも、わからなくてもいい。

結局、僕はグールドをたくさん聴く口実がほしいのさ、きっと。
それは大好きではない「55年録音」でも。
映画で使われたことに喜んでいる自分がいる。

そして、このあとは、「81年録音」のレコードに針をおろす自分に喜びを感じている。

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世界の音楽との「出会い」(自己紹介 noteへのリンク) 大阪のレコード店で出会ったインドネシアのダンスミュージック ダンドゥット(DANGDUT)の女王、エルフィ・スカエシ(Elvy Sukaesih)と言ってもまずは誰もわからないだろう。インドネシアの美空ひばりと言ってもピンとこないな、きっと。それに正しくもない。インドネシアは多様な民族の集まる国だから国民を代表する歌手はいない。ひとつの大衆音楽の女王である。 大袈裟だが、このレコードと出会わなかったら、自分の人生は変わっていただろうと思う。ただ、それはわからない。でも、出会うべくして出会ったのだろう。 https://note.com/jirorhythm/n/n936acb145d0e

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