55年のグレン・グールドのゴルトベルク変奏曲
2026年5月3日このCDを聴くとき、僕には少し覚悟がいる。
それは、この演奏が「大好き」ではないからだ。
大好きなグレン・グールドなのに、この1955年の『ゴルトベルク変奏曲』には、どこか違和感を覚えてしまう。彼がこの作品で世に出たことはよく知られているけれど、僕にとっての決定的な一枚は、1981年録音の『ゴルトベルク変奏曲』だ。
僕は、その81年盤からグールドを知った。レコード盤だ。
そしてそれは、僕をもう一度音楽の世界へ引き戻してくれた作品でもある。
ふとCDのクレジットを見ると、
「THE HISTORIC 1955 DEBUT RECORDING」
という言葉が目に入る。
なるほど、と思う。確かにこれは“デビュー録音”であり、歴史的な一枚なのだ。
けれど、その事実と、僕自身の感覚とは、どこかで少しずれている。
もしかすると、その違和感は、録音された「場所」とも関係しているのかもしれない。
この1955年録音は、ニューヨークのコロムビアのスタジオで録られている。
当時、トロントではすでに知られた存在だったグールドが、ニューヨークという巨大な音楽の中心へ出ていく。
その関係性は、どんなものだったのだろう。
けれど同時に、彼は生涯、トロントという場所を愛し続けた人でもあるはずだ。
ニューヨークでの録音と、トロントに根を持つ精神。
そのあいだにある距離や緊張のようなものが、この演奏に刻まれているのではないか——そんなことまで考えてしまう。
気がつくと、僕は何でもグールドを起点にして考えている。少し怖いくらいに。
グールドと“つながっているもの”に、強く惹かれてしまうのだ。
バッハをもっと知りたいと思ったのも、グールドがきっかけだった。けれど、彼がバッハ以上にブラームスを愛していたと知ると、どこかほっとする自分がいる。
たとえば、僕が好んで聴いていたブラームスの『ピアノ協奏曲第2番』よりも、第1番の方を彼が好んでいたと知れば、「なぜだろう」と考え始める。
そして、二つの違いをきちんと知りたくなり、さらに聴き込もうとする。
また、彼が間奏曲を好んでいたと知れば、それも探して聴いてみる。
気がつけば、かつては第2番ばかり聴いていた僕が、第1番や間奏曲に手を伸ばしている。
そしていつの間にか、バッハよりもブラームスを聴いている時間の方が長くなっている。
そうやって、グールドが愛したものを追いかけている自分が、今もいる。
シベリウスが好きだったと知れば、やはりシベリウスを知りたくなる。
——
映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』の予告編で、『ゴルトベルク変奏曲』が使われていることを知った。

それが1955年録音なのか、1981年録音なのか。
それがどうしても気になった。
二度目に予告編を観るとき、僕はほとんど「聴く」ように集中していた。
そして、あれは55年録音だと確信した。
——だから何なのか、と言われれば、それまでの話かもしれない。
けれど、僕にとっては大きな問いなのだ。
いまこうしてCDで聴いているこの55年録音を通しても、何もわからない。
そして、今、二度目を聴いている。
いつかわかるのかもしれない。
でも、わからなくてもいい。
結局、僕はグールドをたくさん聴く口実がほしいのさ、きっと。
それは大好きではない「55年録音」でも。
映画で使われたことに喜んでいる自分がいる。
そして、このあとは、「81年録音」のレコードに針をおろす自分に喜びを感じている。



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