World Music|世界の音楽とことばのアーカイブ

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Monday, 19/1/2026 | 11:13 UTC+9

チャイコフスキー主要作品年表(簡易版)

**ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840–1893)**は、
ロシアを代表する作曲家であり、同時に「最も個人的な感情を音楽に刻んだ作曲家」のひとりでもあります。

この年表は、彼の人生と作品の流れを、
**“いま聴くための地図”**として整理したものです。


1840–1865|形成期

  • 1840 ロシア・ヴォトキンスクに生まれる

  • 1862 サンクトペテルブルク音楽院に入学

  • 1866 モスクワ音楽院で教職につく

西欧音楽の訓練を受けながらも、
ロシア的な旋律と感情をどう音楽に入れるかを模索し始める時期。


1866–1876|作曲家としての確立

  • 1866 交響曲第1番《冬の日の幻想》

  • 1872 交響曲第2番《小ロシア》

  • 1874 ピアノ協奏曲第1番

  • 1876 バレエ《白鳥の湖》

ロシアの民謡的要素と、西欧の形式が結びつき、
国際的にも通用する作曲家として知られ始める。


1877–1878|危機と創造

  • 1877 結婚の破綻と精神的危機

  • 1877 交響曲第4番

  • 1878 ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

人生の大きな崩壊の直後に、
彼の最も明るく、開かれた音楽のひとつが生まれる。
この年が、チャイコフスキーの創作の中心点。


1879–1888|国際的成功

  • 1879 オペラ《エフゲニー・オネーギン》

  • 1880 《1812年序曲》

  • 1885 交響曲第5番

  • 1888 交響曲第4番・第5番で欧州ツアー

ロシアだけでなく、ヨーロッパ全体で演奏される作曲家となる。


1889–1893|晩年の深まり

  • 1889 バレエ《眠れる森の美女》

  • 1890 オペラ《スペードの女王》

  • 1892 バレエ《くるみ割り人形》

  • 1893 交響曲第6番《悲愴》

  • 1893 死去(53歳)

《悲愴》は、人生と感情をすべて音に刻んだような作品であり、
ロマン派音楽のひとつの頂点とされる。


なぜチャイコフスキーは今も聴かれるのか

彼の音楽は、
ロシアの風景でもあり、
同時に「ひとりの人間の心の記録」でもある。

この年表をたどることは、
ひとりの人間が、音楽によって生き延びようとした時間をたどることでもある。