チャイコフスキー主要作品年表(簡易版)
**ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840–1893)**は、
ロシアを代表する作曲家であり、同時に「最も個人的な感情を音楽に刻んだ作曲家」のひとりでもあります。
この年表は、彼の人生と作品の流れを、
**“いま聴くための地図”**として整理したものです。
1840–1865|形成期
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1840 ロシア・ヴォトキンスクに生まれる
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1862 サンクトペテルブルク音楽院に入学
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1866 モスクワ音楽院で教職につく
西欧音楽の訓練を受けながらも、
ロシア的な旋律と感情をどう音楽に入れるかを模索し始める時期。
1866–1876|作曲家としての確立
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1866 交響曲第1番《冬の日の幻想》
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1872 交響曲第2番《小ロシア》
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1874 ピアノ協奏曲第1番
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1876 バレエ《白鳥の湖》
ロシアの民謡的要素と、西欧の形式が結びつき、
国際的にも通用する作曲家として知られ始める。
1877–1878|危機と創造
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1877 結婚の破綻と精神的危機
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1877 交響曲第4番
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1878 ヴァイオリン協奏曲 ニ長調
人生の大きな崩壊の直後に、
彼の最も明るく、開かれた音楽のひとつが生まれる。
この年が、チャイコフスキーの創作の中心点。
1879–1888|国際的成功
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1879 オペラ《エフゲニー・オネーギン》
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1880 《1812年序曲》
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1885 交響曲第5番
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1888 交響曲第4番・第5番で欧州ツアー
ロシアだけでなく、ヨーロッパ全体で演奏される作曲家となる。
1889–1893|晩年の深まり
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1889 バレエ《眠れる森の美女》
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1890 オペラ《スペードの女王》
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1892 バレエ《くるみ割り人形》
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1893 交響曲第6番《悲愴》
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1893 死去(53歳)
《悲愴》は、人生と感情をすべて音に刻んだような作品であり、
ロマン派音楽のひとつの頂点とされる。
なぜチャイコフスキーは今も聴かれるのか
彼の音楽は、
ロシアの風景でもあり、
同時に「ひとりの人間の心の記録」でもある。
この年表をたどることは、
ひとりの人間が、音楽によって生き延びようとした時間をたどることでもある。






