ヨハネス・ブラームス
クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115
— 人生の終わりに差し出された、静かな愛 —
ヨハネス・ブラームスは、19世紀ドイツを代表する作曲家でありながら、どこか常に「孤独」を抱えた人だった。
友情には恵まれ、音楽界では高い評価を受けていたにもかかわらず、彼は生涯独身を貫き、深い人間関係を結ぶことにどこか臆病だった。
そのブラームスが、人生の晩年に書いた音楽の中でも、特に静かで、深く、個人的な作品が、この《クラリネット五重奏曲》である。
引退を決めた作曲家を呼び戻した「音」
1890年、ブラームスは作曲からの引退を宣言する。
「もう書くべきものは書き尽くした」と考えていたのだ。
しかし翌年、彼はあるクラリネットの音に出会う。
マイニンゲン宮廷楽団の首席クラリネット奏者、リヒャルト・ミュールフェルトの演奏だった。
その柔らかく、陰影に富んだ音色は、ブラームスの心を再び揺り動かす。
「こんな音を聴かされては、書かずにはいられない」
そうして生まれたのが、
クラリネット三重奏曲、クラリネット・ソナタ、そしてこのクラリネット五重奏曲である。
音楽の構成 — 内側に向かう室内楽
この作品は、
**クラリネット+弦楽四重奏(2vn, va, vc)**という編成で書かれている。
オーケストラの華やかさはない。
ピアノのような輪郭の強さもない。
あるのは、人の声に最も近いクラリネットと、寄り添う弦楽器たちだけ。
全体を貫くのは、
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回想
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諦念
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優しさ
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そして、静かな孤独
といった感情である。
とくに第4楽章(フィナーレ)は、まるで人生を振り返るような変奏曲となっており、
最初の主題が、ゆっくりと薄れて消えていく。
これは、派手な終結ではない。
**「静かに去っていく人の音楽」**である。
なぜこの音楽は、これほど心に残るのか
ブラームスのクラリネット五重奏曲には、
「誰かに伝えたい言葉」がある。
それは、
若さの情熱でも、英雄的な感情でもない。
失われた時間へのまなざし
誰にも言えなかった気持ち
それでも、人を愛していたという記憶
そうしたものが、音になって流れてくる。
だからこの作品は、
若い時よりも、年を重ねるほどに深く響いてくる。
クラリネットという「声」
この曲の本当の主役は、クラリネットだ。
泣くようで、語るようで、
ときに笑っているようにも聞こえる。
ブラームスは、ミュールフェルトの音を、
まるで人の人格のように感じていたのだろう。
この作品は、ある意味で
ひとりの人間の音色に捧げられた愛の音楽でもある。
聴きどころ
はじめて聴くなら、こういう聴き方をおすすめしたい。
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大きな音でなく
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作業用BGMでもなく
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夜、静かな部屋で
クラリネットが何を語っているのか、
ただ耳を傾けてほしい。
意味がわからなくてもいい。
感動しなくてもいい。
それでも、
この音楽は、あなたの中に残る。
Reginald Kell & Busch Quartet – Brahms: Clarinet Quintet (1937)
2) Karl Leister & Vermeer Quartet(ドイツ正統派)
Karl Leister / Vermeer Quartet – Brahms: Clarinet Quintet
3) Yona Ettlinger & Tel Aviv Quartet(60年代の名演)
Yona Ettlinger / Tel Aviv Quartet – Brahms: Clarinet Quintet
4) Martin Fröst(現代的・高音質)
Martin Fröst – Brahms: Clarinet Quintet (Modern Recording)






