ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
Ludwig van Beethoven(1770–1827)
― 境界線に立ち続けた作曲家 ―
ベートーヴェンは、作品だけでなく人生そのものが音楽史の転換点になった作曲家である。
古典派の形式を引き継ぎながら、それを内側から壊し、
「個人の意志・苦悩・精神」を音楽に刻み込んだ最初の存在だった。
このページでは、まず年表を通してベートーヴェンを理解することを目的とする。
年表(詳細)
1770–1786|ボン時代:神童ではなかった少年
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1770年 ドイツ・ボンに生まれる
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父は宮廷歌手。厳しい教育を受ける
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モーツァルトのような神童ではなく、地道な努力型
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1784年頃 ボン宮廷楽団でオルガニスト助手
👉 幼少期から「職業音楽家」としての現実を知る
1787|初のウィーン訪問(伝説的な出会い)
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ウィーンを訪れ、モーツァルトに会った可能性が語られている
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しかし母の病気でボンへ戻る
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翌年、母死去。家庭を支える立場に
👉 若くして「人生の重さ」を背負う
1792–1802|ウィーン定住:古典派の継承者
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1792年 ウィーンへ移住(以後、生涯をここで過ごす)
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ハイドンに師事(形式の訓練)
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ピアニストとして名声を得る
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初期ピアノ・ソナタ、室内楽を多数作曲
👉 モーツァルト/ハイドンの延長線に立つ時期
1802|ハイリゲンシュタットの遺書
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聴覚障害が深刻化
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自殺を考えるほど追い詰められる
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しかし音楽への使命感により生きることを選ぶ
👉 ベートーヴェンの人生最大の転換点
1803–1812|中期:英雄の時代
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交響曲第3番《英雄》
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交響曲第5番《運命》
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交響曲第6番《田園》
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ピアノ・ソナタ《ワルトシュタイン》《熱情》
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音楽は「美」ではなく
闘争・意志・勝利を語るものへ
1813–1815|成功と孤独
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ウィーンで国民的英雄となる
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一方で、聴力はほぼ失われる
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社会との断絶が深まる
👉 外的成功と内的孤独の乖離
1816–1822|後期への移行
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完全な聴力喪失
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外界との接触は筆談のみ
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内面世界へ沈潜していく
👉 音楽は「理解されるため」ではなくなる
1823–1824|交響曲第9番
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1824年 第九交響曲初演
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合唱を取り入れた前例のない構造
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ベートーヴェン自身は拍手を聞けなかった
👉 音楽史の地平を押し広げた瞬間
1825–1827|最晩年
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後期弦楽四重奏曲を完成
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音楽は極度に抽象的・精神的になる
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1827年 死去(享年56)
👉 ロマン派への橋を架けたまま去る
ベートーヴェンの位置づけ
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古典派の形式を受け継ぎ
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ロマン派の精神を切り開いた
彼以後、作曲家は
「宮廷の職人」ではなく
内面を表現する個人になった。
どう聴き始めるか(入口)
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人生の転換を感じるなら
→ 交響曲第3番《英雄》 -
運命と意志
→ 交響曲第5番 -
内面への旅
→ 後期ピアノ・ソナタ/弦楽四重奏曲






