バルバラは歌う ペルランパンパンから始まったコンサート
2026年7月25日
数日前からカセットを聴いている。
バルバラの『オランピア・ライブ』(1978)を聴いて、僕のなかの何かに火がついた。
手書きのカセットだ。

あの観衆の拍手はなんなのだ。
それに応えるバルバラ。
あの熱狂。
レコード会社時代、僕が担当させてもらっていたフランスのシャンソン歌手、バルバラ。まだ僕は30歳になる前だった。
最後に来日した頃、自分が担当したアルバム『シャトレ’87』すら手元には残っていない。
今あるのは、自分で録音したカセットが二本と輸入CDが一枚。それから、日本盤LP『不倫』だけだ。


部屋を整理しようと思った。
レコード、本、CD……。長年積み重ねてきたものに囲まれた部屋だ。
大きな机の引き出しを開けると、昔のビデオテープ、美術展の図録、コンサートのパンフレットが次々と出てくる。
その中に、バルバラのパンフレットが二冊あった。

何気なくページをめくると、一枚の紙が挟まっていた。
ソングリスト。
しかも、自分の字だった。
一瞬、何かわからなかった。
「誰が書いたんだろう?」
そう思ったくらいだ。
でも、これを書くのは僕しかいない。これを配るのは僕しかいない。間違いなく僕の筆跡だった。

当時、レコード会社でディレクターをしていた僕は、来日公演では舞台袖にいた。メディア関係者に配るため、開演前にアーティスト側やマネージメントからセットリストを聞き、それを手書きでメモしていたのだ。
だからこれは、客席で書いたメモではない。
1988年1月の来日公演、その現場で書いた仕事のメモだった。
あの時、バルバラは喉に鍼を打っていた。
体調は決して万全ではなかったはずだ。それでも、静かにステージへ向かっていった。
その姿だけは、38年経った今でも忘れていない。
1988年の来日公演の一曲目は「ペルランパンパン」だ。
この曲は、バルバラにとってとても大事な曲だ。
大ヒット曲「黒いワシ」よりも、きっと。
「ペルランパンパン」とは魔法の呪文のような言葉で、フランスでは「まやかし」「空虚な約束」「耳ざわりの良いだけの言葉」という意味でも使われる。
バルバラはその言葉を借りて、戦争や人を煽る言葉への警鐘を歌った。
何十年も後に、フランスのマクロン大統領が演説でこの言葉を引用したことでも知られている。
なぜ1988年の日本公演で、彼女はこの曲から始めたのだろう。
体調を崩しながらも舞台に立ち続けた彼女にとって、それは「今夜、私が歌いたいこと」を最初に伝えるための歌だったのかもしれない。
そして、アンコールで「黒いワシ」と「ナントの街に雨が降る」と「ゲッティンゲン」を歌った。僕は当時、「ナントの街に雨が降る」という歌の世界にはいりたくなかった。素晴らしい曲なのに。
僕は今、バルバラを探している。
レコード。
カセット。
映像。
本。
そして、彼女が歌ったフランス語。
昔観た映画は、正直あまり心に残らなかった。
でも歌は違う。
歌詞がわからなくても、彼女が何を訴えようとしているのかは、不思議なくらい伝わってくる。
だから、フランス語をもう一度やってみようと思った。
資格のためでも、旅行のためでもない。
バルバラが本当は何を歌っていたのか。
あの夜、オランピアの観衆の拍手に応えた彼女の言葉は、何だったのか。
それを、自分の耳で確かめてみたいのである。
もっとバルバラを知るために。





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