World Music|世界の音楽とことばのアーカイブ

アフリカ、インド、中東、南米、東欧、バリ、ジャズ、民謡、スーフィー、クラシックまで。 蒐集・試聴・旅・記録を通じて世界の音楽文化を紹介する日本語のワールドミュージック・メディア。

Monday, 19/1/2026 | 11:16 UTC+9

「南国にはラムが似合う」

カリブにはキューバしか行ったことがない。ジャマイカもマルチニークも未踏の地だ。
けれど、ずっと憧れてきた。音楽と酒——ジャマイカとレゲエ。そして、マルチニークには哀愁を感じさせる音楽がある。音楽があるからこそ、行ってみたいと思える。

かつて売れたCDのジャケット写真が、今も思い出させてくれる。
今もマラヴォワの軽快なダンス音楽を聴きながら書いている。

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ジョエル・ウルスルとマラヴォワ

音楽には流行り廃りがあるが、酒は——歴史そのものだ。

ヘミングウェイ『移動祝祭日』の一節

「その作品の中では登場する少年たちが酒を飲んでいて、私も喉が渇き、ラム酒のセント・ジェームスを注文した。寒い日にはこれが素晴らしくうまい。私はさらに書きつづけた。とてもいい気分で、上質なマルティニーク産のラム酒が心身に温かくしみとおっていくのがわかった。」

数年前の夏、この文章を読んだ僕は、すぐに酒屋に走った。もちろん、セント・ジェームスを飲むために。
そういう男だ。笑

けれど、手に入ったのは上質とは言い難い安価なセント・ジェームス。
それでも——不思議なことに、飲んでいると、ヘミングウェイが生きたパリの「移動祝祭日」の日々や、まだ見ぬマルチニークに、ふっとタイムスリップする感覚があった。

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ラムの記憶

ラム酒は、僕にとって“安酒”のイメージがある。
というのも、本当に安いものしか飲んだことがないのだ。

カリブではなく、インド洋のモーリシャス、フランスの海外県レユニオン、マダガスカル——
そこで出会ったのは、瓶にすら入っていないような奇妙なラムたち。
日本のジュースが入っていそうな、ビニールの厚手の容器に入ったラム。
飲む前は疑いながらも、意外に美味かったりもする。
美味かったことと、不味かったことは、しっかりと記憶に残っている。銘柄なんて知らなくても。

空の容器を持ち帰ったような記憶すらある。

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「真実は旅にある」イイね!
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この写真は、かつて旅の妄想を掻き立ててくれた『ガリバー』。1991年9月26日号だ。
今でもページをめくるたびに、ラムの香りが立ち上がってくるような気がする──

味を混ぜない主義

美味しいものをわざわざ混ぜたり、薄めたりする理由が分からない。
それは酒でもコーヒーでも同じ。

ずっと昔、六本木で音楽Barをやっていたことがある。
そのとき耳にした、「マルチニーク産のラムが世界一らしい」という話が妙に嬉しかった。
好きな音楽のある土地に、世界一のラムがある——そんな思い込みが胸をくすぐった。

実際は、グアドループ産の方が上質だとか、ラベルに地図が描いてあるのが良いものだとか、いろいろ聞いた。
真偽はともかく、いつかその地を訪れて確かめてみたい。
訪れたら、まず最初にラム酒を飲みに行くだろう。
独特なアグリコール・ラムの香りに、全身で触れたい。

──これもかなり昔の話だか、フランス関係の音楽業界の友人に「新橋にうまいラムの店があるよ」と誘われた。

内心、美味い“ラム酒”が飲める店か!と心が躍った。

しかし、待っていたのは……“ラム肉”だった。北海道によくあるジンギスカンスタイルの。

「……なんだよ、そっちのラムかよ!」と苦笑いしたものだ。ここでのポイントは「新橋」だったんだな。「音楽」ではなく。

日本語のカタカナの「ラム」にはふたつあるのだ。それを疑いもせずにラム酒と思いこむのは、完全に酒飲みの証と別の友人から言われた。

いい酒と音楽、そうしたちょっとした勘違いも、記憶の中では同じくらい愛おしいものになる。


でも、ラムは「酔う」ための酒だった

今でもラムは好きだ。
上等なヴィンテージ・ラムもある。
でも、どこか“甘さ”が気になって、ライムを加えたくなる。

ヘミングウェイのラム体験は、僕の酒人生を変えるものではなかった。
だけど——遠い記憶の中に、別の物語が蘇ってくる。

景山民夫の『普通の生活』——そこに書かれていたスコッチの話。