World Music|世界の音楽とことばのアーカイブ

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Monday, 19/1/2026 | 8:46 UTC+9

ヨハネス・ブラームス

クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115

— 人生の終わりに差し出された、静かな愛 —

ヨハネス・ブラームスは、19世紀ドイツを代表する作曲家でありながら、どこか常に「孤独」を抱えた人だった。
友情には恵まれ、音楽界では高い評価を受けていたにもかかわらず、彼は生涯独身を貫き、深い人間関係を結ぶことにどこか臆病だった。

そのブラームスが、人生の晩年に書いた音楽の中でも、特に静かで、深く、個人的な作品が、この《クラリネット五重奏曲》である。


引退を決めた作曲家を呼び戻した「音」

1890年、ブラームスは作曲からの引退を宣言する。
「もう書くべきものは書き尽くした」と考えていたのだ。

しかし翌年、彼はあるクラリネットの音に出会う。
マイニンゲン宮廷楽団の首席クラリネット奏者、リヒャルト・ミュールフェルトの演奏だった。

その柔らかく、陰影に富んだ音色は、ブラームスの心を再び揺り動かす。

「こんな音を聴かされては、書かずにはいられない」

そうして生まれたのが、
クラリネット三重奏曲、クラリネット・ソナタ、そしてこのクラリネット五重奏曲である。


音楽の構成 — 内側に向かう室内楽

この作品は、
**クラリネット+弦楽四重奏(2vn, va, vc)**という編成で書かれている。

オーケストラの華やかさはない。
ピアノのような輪郭の強さもない。

あるのは、人の声に最も近いクラリネットと、寄り添う弦楽器たちだけ。

全体を貫くのは、

  • 回想

  • 諦念

  • 優しさ

  • そして、静かな孤独

といった感情である。

とくに第4楽章(フィナーレ)は、まるで人生を振り返るような変奏曲となっており、
最初の主題が、ゆっくりと薄れて消えていく。

これは、派手な終結ではない。
**「静かに去っていく人の音楽」**である。


なぜこの音楽は、これほど心に残るのか

ブラームスのクラリネット五重奏曲には、
「誰かに伝えたい言葉」がある。

それは、
若さの情熱でも、英雄的な感情でもない。

失われた時間へのまなざし
誰にも言えなかった気持ち
それでも、人を愛していたという記憶

そうしたものが、音になって流れてくる。

だからこの作品は、
若い時よりも、年を重ねるほどに深く響いてくる。


クラリネットという「声」

この曲の本当の主役は、クラリネットだ。

泣くようで、語るようで、
ときに笑っているようにも聞こえる。

ブラームスは、ミュールフェルトの音を、
まるで人の人格のように感じていたのだろう。

この作品は、ある意味で
ひとりの人間の音色に捧げられた愛の音楽でもある。


聴きどころ

はじめて聴くなら、こういう聴き方をおすすめしたい。

  • 大きな音でなく

  • 作業用BGMでもなく

  • 夜、静かな部屋で

クラリネットが何を語っているのか、
ただ耳を傾けてほしい。

意味がわからなくてもいい。
感動しなくてもいい。

それでも、
この音楽は、あなたの中に残る。

1) Reginald Kell & Busch Quartet(歴史的名盤)
Reginald Kell & Busch Quartet – Brahms: Clarinet Quintet (1937)
2) Karl Leister & Vermeer Quartet(ドイツ正統派)
Karl Leister / Vermeer Quartet – Brahms: Clarinet Quintet
3) Yona Ettlinger & Tel Aviv Quartet(60年代の名演)
Yona Ettlinger / Tel Aviv Quartet – Brahms: Clarinet Quintet
4) Martin Fröst(現代的・高音質)
Martin Fröst – Brahms: Clarinet Quintet (Modern Recording)