チャイコフスキー
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35(1878)
作曲:1878年
初演:1881年(ウィーン)
このヴァイオリン協奏曲は、
チャイコフスキーの作品の中でも、
最も親しまれ、最も演奏され、
そして最も“誤解されてきた”作品のひとつです。
なぜならこの曲は、
彼の人生で最も不安定で、最も壊れかけていた時期に書かれているからです。
1877年の崩壊と1878年の音楽
1877年、チャイコフスキーは突然の結婚とその破綻によって、
精神的に深刻な危機に陥りました。
自殺を考えたとも言われるこの時期、
彼はロシアを離れ、スイスのクララン(Clarens)に滞在します。
そこで彼は、奇妙なほど明るく、開かれた音楽を書き始めました。
それがこのヴァイオリン協奏曲です。
この作品には、
悲劇的な《悲愴》のような陰影はありません。
代わりに、
外の世界へ向かって伸びていくような旋律が満ちています。
それはまるで、
壊れかけた心が、もう一度世界とつながろうとするかのような音楽です。
なぜこの曲は当初「演奏不能」と言われたのか
この協奏曲は、当初、名ヴァイオリニストであったレオポルト・アウアーに献呈されました。
しかし彼はこの曲を拒否します。
理由は単純でした。
「難しすぎる。ヴァイオリンらしくない。」
この作品は、
-
高音域での激しい跳躍
-
長いカンタービレ(歌うような旋律)
-
ロシア民謡的なリズム
が複雑に絡み合い、
当時の演奏様式から見て、異常なほど要求が高かったのです。
しかし皮肉なことに、
その「異常さ」こそが、
この曲を20世紀以降のスタンダードにしました。
3つの楽章
第1楽章:Allegro moderato
抑制されたオーケストラの導入の後、
ヴァイオリンが静かに語り始め、
やがて奔流のような旋律に変わっていきます。
この楽章は、
独白と爆発のあいだを行き来する音楽です。
第2楽章:Canzonetta
短く、内省的な中間楽章。
ここで初めて、チャイコフスキーの孤独が顔を出します。
歌のような旋律は、
ヴァイオリンがひとりでつぶやいているかのようです。
第3楽章:Finale
ロシア的な舞曲リズムに基づく、圧倒的なフィナーレ。
技巧とリズムが渦を巻き、
最後には祝祭のように終わります。
なぜこの曲は今も弾かれ続けるのか
この協奏曲は、
「技巧の見本」でも「ロマン派の名曲」でもあります。
しかし、それ以上に重要なのは、
ひとりの人間が、壊れた心で世界へ戻ろうとした音楽
だということです。
それが、
100年以上経った今も、
演奏家と聴き手の心を離さない理由なのです。






