DONGAのLP
2026年7月24日
吉祥寺のHMVで、思わず手が止まった。
ドンガ。DONGA
値段は500円だった。
このLPはブラジルのサンバ創成期の最重要人物のひとり、DONGAの追悼的な意味合いを持つ1974年作品『A Música de Donga(日本盤タイトル:サンバの父”ドンガ”を偲んで)』だ。ドンガは「史上初めて録音されたサンバ」とされる「Pelo Telefone(日本語タイトル:電話で)」の作曲者として知られている。
ブラジル音楽に詳しくない人には、ただの古いレコードに見えるかもしれない。しかし、ドンガは違う。サンバの始祖と呼ばれる人物。


輸入盤だと思っていた。
自宅で聴くまでは。
ジャケットの中には、日本語の充実のライナーノーツがあり、そこには濱田滋郎、高場将美、そして責任監修・中村とうようの名前(敬称略)が並んでいた。
思わず唸ってしまった。なんという布陣だろう。
日本におけるブラジル音楽、ラテン音楽、ワールドミュージック紹介の歴史を作った人たちの名前でもある。
レコード会社に勤めていた頃の記憶が蘇る。
当時、ブラジル音楽は今ほど手軽に聴けるものではなかった。僕がレコード会社でブラジル音楽の担当になる10年以上も前にポリドールがライセンシーになって発売したものだ。
その頃の空気だけでなくサンバが生まれたころの空気が、この一枚には残っている。
あらためてジャケットを眺める。
そこに写っているのはドンガ本人ではない。
石段に座る老人。
壁には牛の絵。
そして「TEMOS GELO(氷あります)」という文字。
なぜこんな写真なのだろう。
考えているうちに、これはドンガ個人ではなく、サンバが生まれたブラジルの庶民の世界そのものを表現しているのではないかと思えてきた。
酒場があり、街角があり、人々の日常がある。
サンバはそこから生まれた。
裏ジャケットにはドンガ本人の大きな写真がある。
表が「サンバが生まれた場所」なら、裏は「そのサンバを生み出した男」なのかもしれない。
そんなことを考えながら音楽を聴いている。
五十年以上前のレコードだ。
そして、ドンガが音楽をはじめた100年以上前のブラジルがある。ドンガは言う。リオの音楽にはバイーアの影響が濃いと強調している。ドンガの母もバイアーナだった。ブラジル音楽の歴史がある。
誰かの棚に置かれ、誰かに聴かれ、時代を超えて中古市場を漂い、吉祥寺へ流れ着いた。
そして数日前になぜか僕の手に渡った。
値段は500円。
しかし、その価値は値段では測れない。
それは一枚のレコードというより、音楽の歴史の断片である。
よくぞ僕の手に。





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