南アフリカの音楽──天才ペニー・ホイッスル奏者 “KING of KWELA” Spokes MashiyaneからTOWNSIP JAZZへ
2025年12月14日
今朝はヘンデルのオルガン協奏曲を聴いていた。
春みたいに明るくて、部屋の空気が軽くなるような音だ。
でも、なぜか急に違う風の吹く音が聴きたくなった。
机の端に置きっぱなしにしていた南アフリカの古いカセット。その存在を思い出した瞬間、手が自然と伸びていた。
カセットテープが甦らせた、南アのリズム
南アフリカには行ったことがない。だからこそ、どこか勝手な先入観を持って聴いていたのだと思う。
このカセットをもらったのは、ずっと昔。新譜のサンプルとして届けられたものだ。同業者として「よくこんな音楽を発売するな」と、一瞬だけ思った記憶がある。
ところが、再生した瞬間に世界が変わった。
「楽しい。」
「えっ?」
「こんな音楽あるの?」
あの跳ねる感じ。あの素朴なのに鋭いペニー・ホイッスル。
曲によってはピアノが入り、弦楽器が寄り添い、タウンシップの空気がこちらへ吹き込んでくる。
何十年も前に聴いたときにも「なかなか良かった」という印象があったが、今日の再発見は鮮烈だった。
今朝、気まぐれに1曲目だけYouTubeに上げてみた。
すると、カセットの中に眠っていた南アのリズムが、思っていた以上にいまの自分に響いた。

“KING of KWELA” Spokes Mashiyane の天才性
カセットに刻まれていたのは、Spokes Mashiyane(スポークス・マシヤネ)。
1950〜60年代に南アで人気を博し、“クワイラの王”と呼ばれたペニー・ホイッスル奏者だ。
クワイラ(Kwela)は、南アのタウンシップで生まれたストリート音楽。
金属パイプのような素朴な縦笛一本で、ジャズとアフリカン・リズムが溶け合う。
Mashiyane の音はどこか無邪気で、どこか哀しくて、どこまでも自由だ。
跳ねるビート
滑らかに転がるメロディ
ストリートの歓声が聴こえてくるような軽やかさ
“ペニー・ホイッスルでここまで出来るのか”と驚かされる。
タウンシップ・ジャズへの広がり
南アの音楽には、クワイラと並んでタウンシップ・ジャズという大きな流れがある。
ヒュー・マセケラ、アブドゥーラ・イブラヒム、モンゲジ・フェザ──
彼らの音には、アパルトヘイト下の悲しみや祈りが影を落としながら、それでも“希望の光”が宿っている。
今日はヘンデルから離れ、少しだけ南アフリカの空気に身を委ねてみることにした。
余韻
何十年も前のカセットが、突然こちらに語りかけてくる朝がある。
音楽は、本当に不思議だ。
ヘンデルの明るい春のような音色から、南アの跳ねる風へ。
大陸もジャンルも違うのに、その飛躍が今日の僕にはとても自然だった。
古いテープの中の小さな笛の音が、いまの僕の心をいちばん軽くしてくれている。
クワイラの軽やかさの奥には、タウンシップで育まれた
ジャズや祈りの音楽がしずかに流れている。
それは後のヒュー・マセケラ、アブドゥーラ・イブラヒムへとつながっていく。
Abdullah Ibrahim (Dollar Brand)
→ 南アジャズの精神的支柱。Hugh Masekela
→ 世界的トランペッター。“ソウェトの光”と言われる存在Mongesi Feza
→ 叙情の天才。英国ジャズとの融合も魅力Dudu Pukwana
→ ブルースとジャズの熱量を体現したサックス奏者
もしタウンシップ・ジャズをさらに聴きたくなったら、
アブドゥーラ・イブラヒムの『African Piano』から始めるといい。
その静けさと祈りは、クワイラともどこかで繋がっている。
クワイラの明るさの背後には、
同じタウンシップで育ったもうひとつの大きな流れ──
タウンシップ・ジャズ がある。
静けさの中で揺れるピアノ。
夜明け前のような深い余白。
その代表格であるアブドゥーラ・イブラヒムの『African Piano』を聴くと、
クワイラの跳ねるリズムとはまったく違うのに、
なぜか同じ南アの光が差してくる。
🟦 ちなみに:Kwela の語源(豆知識)
Kwela はズールー語のスラングで
「上がれ」「乗れ」「逃げろ」 のような意味。
警察が来たときに
「Kwela!(逃げろ!)」
と叫んだのが由来、という説が有名。
だから、
跳ねる・軽快・ストリート感
が音楽そのものに宿っている。







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