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Monday, 19/1/2026 | 10:02 UTC+9

NEVER CAN SAY GOODBYE|全文翻訳(『SONGLiNES』誌 #199 / 2024)

ロビン・デンスロウ(文)

2018年のアルバム『Un Autre Blanc』の発表時、マリ出身の歌手サリフ・ケイタは「これが最後のスタジオ作になる」と報じられた。だが2024年、彼はロンドンのホテルの一室で次の2作について語り、翌日にバービカンで開催される『SONGLiNES』25周年記念公演での、親密で歴史的なステージについて打ち合わせをしていた。
「引退? いいや、そんなことはないよ」と彼は笑う。「周りの人が“もう一度レコーディングしよう”って勧めてくれたんだ。いまはうれしい気分さ」

バービカンでのライヴを目撃した人は、彼が依然として抜群の状態にあることを知っているはずだ。金色のローブをまとい、スツールに腰かけ、アコースティック・ギターを奏でる。伴奏は、トゥマニ・ジャバテの弟であるマドゥ・ジャバテのコラのみという編成だった。アンプラグドのセットには、過去5作からの新解釈ヴァージョンが並び、最後には新曲「Proud」が披露された。そこでは、彼の声域の広さと表現力が存分に示され、やがて彼は突如、英語での高速フレーズへと雪崩れ込み、
「I’m African and proud(私はアフリカ人であることを誇りに思う)」
と高らかに宣言した。

この曲は、のちに発表予定の次作『So Kono』のフィナーレに収録されるという。『So Kono』は、後日リリース予定の、アコースティックかつミニマルな作風のアルバムで、サリフのギターに加えコラのほか、バジェ・トゥンカラのンゴニ、ママドゥ・コネのカラバッシュが伴奏につく。日本ツアー滞在中、ホテルの一室で録音された作品である。「NO FORMAT!(所属レーベル)が、ずっと“アコースティック・アルバムを作ろう”って言ってきたんだ。長い間ね。そして、ついに“いい時が来た”と感じたんだ」

多くの点で本作は、2002年に発表され高く評価されたアコースティック作品『Moffou』の“待望の続編”と言えるだろう。『Moffou』には、サリフのアコースティック・ギターのみの楽曲も含まれていたが、エレクトリック・ギターやンゴニ、ジェンベなどの伝統楽器が参加する曲もあり、実験的な要素もあった。だが『So Kono』は、増幅の気配すらない、より削ぎ落としたセットである。2005年作『M’Bemba』収録曲の新ヴァージョンや、マリ帝国を築いた祖を称える「Soundiata」の新解釈も含まれる。

「NO FORMAT!は、ずっと“アコースティック・アルバムを”って言ってきた。
そしてついに、いい瞬間が来たんだ」
——サリフ・ケイタ

この夏、サリフはヨーロッパ、アメリカ、南アフリカ、さらにジンバブエまでを回る大規模なツアーを予定している(残念ながら英国公演は未定)。同時に、『So Kono』の次に控えるアルバムの制作も、すでに始まっているという。来年のリリース予定で、フル・バンド編成、特別ゲストあり、そして「非常に独創的なテーマを持つ(が、詳細はまだ秘密)」作品になるそうだ。

このように、逆境を乗り越えてきた長く並外れた物語の、最新章がいま綴られている。名家の出自でありながら、グリオ(世襲の楽師)の家系ではなかったサリフは、本来ミュージシャンになる運命ではなかった。さらに、アルビノとして生まれ、成長期には疎外やいじめも受けた。彼が望んでいたのは教師になることだったが、叶わなかったという。「子どもたちが怖かったんだ」と彼は振り返る。

20歳のとき、自身の声の特別さに気づき、音楽で生きていけると悟った。バマコのクラブで歌い、やがてレイル・バンドに加入。その後、レ・ザンバサドゥールへと移り、マリ音楽と西洋音楽を融合させた先駆的ギタリスト、カンテ・マンフィラと活動を共にした。「彼は素晴らしいギタリストであり、教師だった。音楽についてたくさんのことを教えてくれた」。マンフィラを称えた新曲も『So Kono』に含まれるという。「“Proud”はまったく新しい曲だ。いまの自分そのものだよ。誇りに思っている」

1978年、政治情勢によりバンドはコートジボワールへ移住し、ギニアの大統領セク・トゥーレに捧げた『Mandjou』を録音した。彼の初のソロ作『Soro』(1987年)は大成功を収め、電子音響とも相性のよい唯一無二の声が広く知られることになった。その後、USジャズのスターであるカルロス・サンタナとも共演し、2002年にはアコースティック作品『Moffou』を発表。2012年作『Talé』にはGOTAN PROJECTのフィリップ・コーエン・ソラルが参加し、『Un Autre Blanc』ではアンジェリーク・キジョーやレディスミス・ブラック・マンバゾとの協働も実現させた。

では、なぜここまで音楽的方向性を変えてきたのか。
「いろいろな状況から学び、インスピレーションも変わるんだ」
グリオの出自でないことが自由度を高めたのか、と尋ねると、彼は答える。
「もちろんだ。彼らは伝統に従う。でも、僕はさまざまなミュージシャンと関わることで、音楽について学んできた」

アコースティック作品『Moffou』が、ジャズ/ファンク色の強い作品以上に称賛されたことを、彼は不満に感じていなかったのだろうか。
「英語圏の人々はアコースティックが好きなんだ。でも、場所によって嗜好は違う。フェスティバルでは大編成で、たくさんの人がステージにいるのが好まれることも多い。フラストレーションはない。むしろ、うれしいことだよ」

サリフは、アリ・ファルカ・トゥーレ、トゥマニ・ジャバテ、ロキア・トラオレらと並び、マリ音楽“栄光の時代”を象徴する存在である。世界的に知られるミュージシャンを数多く排出してきたこの国で、いま何が起きているのか。

AFRICA SPECIAL(インタビュー後半)

取材の場でのサリフは、饒舌では決してないが、穏やかな人物だった。英語からフランス語へ切り替える際の通訳は、国際マネージャーのカロリーナ・バジェホが務めていたが、やがて彼は多弁になっていく。マリの状況が、彼を強く案じさせているのだ。

「ラッパーはたくさんいるが、ミュージシャンは少ない。彼らは機械で音楽を作る。“同じこと”がアフリカのどこでも起きている。若者は機械に向かっている。コラの音を鍵盤でサンプリングすれば、たしかに“コラのような音”は出る。だが、それは同じではない」

彼は、今年9月に開催予定のフェスティバルについて語る。伝統楽器を演奏する若い音楽家を励ますための催しで、国中を対象にしたコンテスト形式となり、各地域の勝者が首都バマコに集い決勝を行う。キーボードやギターの演奏者は参加できないが、コラ、バラフォン、ンゴニの演奏者は大歓迎だという。
「私たちは伝統楽器を失いかけている。だから、このフェスティバルを開く。9月のバマコでは、すべての伝統楽器が見られるはずだ。バマコは危険な街ではない」

近年のマリは、政治的・治安上の重大な問題に直面している。武装勢力による攻撃への対応に失敗した旧政権、そして2021年の2度目のクーデターののち、アシミ・ゴイタ大佐が政権を掌握した。サリフが特別顧問に就任したと報じられた際には、論争も起きた。数年前、彼が「民主主義はアフリカにとって誤りだ」と語ったと報じられていたからだ。

この点について話題が及ぶと、カロリーナが補足する。
「政治の話は、基本的に控えています。彼は“文化の人”です」
するとサリフは、こう続けた。
「政治の話を始めて、“誰が大統領で、来年どう変わるか”なんて言い出せば、良い結果にならない。私は中立だ。自国を愛しているし、文化を愛している」

では、本当に「特別顧問」なのだろうか。
「文化大臣と仕事をしているだけだよ。他に関与しているわけじゃない」
アイデアを出したのはサリフ本人で、それに対し「素晴らしい」と言われ実現したとカロリーナは語る。「彼は物事を動かせる人です」

民主主義発言について、サリフは言う。
「“民主主義が間違いだ”なんて言っていない。政治については何も知らないと言っただけだ」
カロリーナは補足する。
「サリフは民主主義を支持しています。いまの政府を支持しているのは、人々がそれを望んだからです」

8月で75歳を迎えるサリフは、ニジェール川の島にある自宅、ジャタランドで過ごす時間を増やしているという。引退してもおかしくない年齢だが、彼は驚くほど多忙だ。新作、ツアー、音楽コンテストの運営に加え、アルビノの人々を支援する「グローバル・ファウンデーション」を通じた活動も続けている。今年は、アルビノ特有の皮膚疾患に対応する、バマコの専門病院建設を進めているという。

国際的成功によって、アルビノに対する差別は減ったのだろうか。
「かなり減ったよ」と彼は答えた。

※写真キャプション

2023年、日本・京都「Kyotophonie」出演時のサリフ

2024年、ロンドン・バービカン『SONGLiNES』25周年公演でのステージ

プラハ公演(2023年)

About

世界の音楽との「出会い」(自己紹介 noteへのリンク) 大阪のレコード店で出会ったインドネシアのダンスミュージック ダンドゥット(DANGDUT)の女王、エルフィ・スカエシ(Elvy Sukaesih)と言ってもまずは誰もわからないだろう。インドネシアの美空ひばりと言ってもピンとこないな、きっと。それに正しくもない。インドネシアは多様な民族の集まる国だから国民を代表する歌手はいない。ひとつの大衆音楽の女王である。 大袈裟だが、このレコードと出会わなかったら、自分の人生は変わっていただろうと思う。ただ、それはわからない。でも、出会うべくして出会ったのだろう。 https://note.com/jirorhythm/n/n936acb145d0e

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